名探偵ポワロ
時折ドラマ『名探偵ポワロ』を見る。
まず腰据えて見ることはなく大抵仕事中のBGMとしてだが。
繰り返し見るものだから、家族に「え?前も見たじゃん」と驚かれ、というか引かれた。
特に子供は「これはAが犯人でしょ!ほら~~して」と犯人とトリックを教えてくれる。
私は結構忘れて途中で「ああ、これは~~か!」と思うこと度々。タイトルだけではどんな筋書きかすらも覚えていないもの多数。
というのも、クリスティは多作で「オリエント急行殺人事件」「そして誰もいなくなった」などの代表作はともかく、バカンスもの、オリエントもの、盗難ものなど割と同じようなテーマやシチュエーションが多くて余程好きでないとタイトルと思い出せない。
だからこそ何度も見られるのかもしれないけど。
(あと、ドラマの本数もポワロの原作分あり多いというのもある。)
先日、久々に「オリエント急行殺人事件」を見た。
筋書きは原作と一緒。ネタバレではあるがあまりにも有名なので気にせず書くが犯人は容疑者全員という、様々な犯人のパターンを作ってきたクリスティ女史の中のトリックでこれ以上マネできないであろう。
うちの母が容疑者はたまたまオリエント急行に乗り合わせたなんて適当なことをいっていたが、それはない。
彼らは被害者を殺す機会を狙うのに苦心し、ようやくオリエント急行の寝台車一台を容疑者みんなで押さえることに成功、たまたまポワロが乗り合わせてしまったのが彼らの悲運だった、ということになる。
原作は現在手元にないので詳細の確認はできないのだが、原作はあくまでも容疑者は誰か…という王道のミステリーの描き方になっている。
ところが、ドラマは違う。途中から容疑者同士のつながりが見えてきて「正義を貫く」か「法に従う」のかを焦点にしている。
被害者のカセッティは幼女誘拐犯。身代金をもらいながら誘拐した幼い女の子を殺し、絶望した母親は身ごもっていた子を流産、母親も死亡。父親は自殺。一時犯人と疑われたメイドは自殺。と、自分の手を下した分だけでなく、その連鎖で5人も亡くなっている。
罪から逃げおおせたカセッティは名を変え身を隠しながら生きてきた。だが、カセッティに殺された身内、恋人、親友たちが徒党を組みカセッティを見逃さずひとりづつ彼をナイフで刺していく。
殺されても当然の男、それを裁く闇の陪審員。
だが、殺人は罪は罪。その罪を裁くのか…。
私は基本的に原作至上主義であるが、ドラマの流れをそのままにテーマを変えて作るのはなかなか面白いと思った。
オリエント急行殺人事件ほど有名になると(しかも何度も映画化している)原作一辺倒では面白味に欠けるかもしれない。
また熊倉さんの声も含めドラマのポワロはDスーシェのコメディのある演技が最初から最後まで厳しい表情。徹頭徹尾シリアスなギャップ。
第一話のコックを探せあたりと比較するとかなり違う。
余談になるけれど、クリスティ作品には犯人が変装していたトリックがしばしば出てくる。
これもドラマでちゃんと撮られている。
家政婦になっていた、執事になっていた、A夫人になっていた等々。
家政婦とか執事とかどうでもいい役だと結構あっさりわかる。
もちろんできるだけわからないように工夫して撮影しているのだが、不自然な感じがよりあやしさを醸し出す。
だから、A夫人、B嬢になっていた、と登場人物になりきる方がずっと自然。
俳優ってすごいな~と思うのは、最初は似てない容姿として登場しているけど最後のネタばらしのときは「ああ、似てる似てる!」って思うの。
髪型と服装が印象を大きく変えているのはわかっていても、なかなか見ごたえがある。
派手な外見、特異なタイプほど「ああ!ホントに犯人だ!」ってなるからおもしろい。
そして、変装トリックは定期的にやってくるので「この○○も変装トリックだった」と思うこと請け合いです。