アリコレ館

アンジェリークのアリオス×コレットばかりかと

パクリは誰も幸せにしない

前回のブログをUPした直後、件のゲームについてコメントが出てビックリ。

パクられた側は「開発に関与してない」

パクった側「(指摘を受けて)ゲーム延期」

とのことみたいなので、ユーザーに迷惑かかる直前でしたので良かった。

穿った考えをしてたけど、それが止められたことについては一安心。

 

でも、やっぱり良くないよ!!

 

これは誰も得をしないということを知らしめてくれた。

パクられた側←青天の霹靂。完全な被害者。問い合わせ等でいらん仕事UP。

パクった側←時間と人件費を削るつもりが逆効果な上、信用を失う。

 

これはPCの発達によりトレスが簡単に出来るようになったことが前提で、且つ、イラスト(絵)のトレスはNGという倫理観がまだ徹底していないことが要因に思う。

目に見えないものが浸透するのはなかなか難しい問題ではあるし、個人的には「絵は模写から」みたいな考え方があるから、それもわずかならが関係あるのかな?とも思っている。

むろん、模写はトレスではないけれど、それを自分の都合の良いように考えてしまうことは容易に想像できる。

あと、PCの発達によってアナログよりも絵を描くことが簡単になって、以前よりもずっと平均的な画力が上がったと思うけど、その中で本当に画力があるというのは昔とそう変わらないような気がする。

アナログ>デジタルではないけれど、書き直しが容易なデジタルの方よりもアナログの方が画力をより強く必要だと思うし。

デジタルが発達する前はゲームパッケージでも一枚のイラストに何人もキャラをおさめる構図を考えていただろうけれど、今はキャラ単品を重ね合わせただけが圧倒的に多い。

こういうのもが画力が低下するひとつの遠因のような気もする。

 

パクリ問題は定期的に起こるけれど、今後はどのジャンルでも起こらないようにしてほしい。

ユーザーを大切にするなら、制作サイドは絶対それを守ってほしい。

パクリという問題

たまたまネットサーフィンしていたら今度発売される某乙女ゲーが同じジャンルの乙女ゲーにそっくり。パクリだ!というのを見掛けた。

先に断っておきますが、私はどちらも知らないので思い入れもありません。

また、ネットで見掛けただけなので、情報(真実)は違うかもしれません。

その上で、感じたこと。

 

パクるなら、もっと頭使ってよ!!

 

である(笑)。

いや、好きなゲームをパクられたら笑ってられないでしょうが、スクショで並んでいふたつの画面はそっくり。

私の目には子供用間違い探し程度の違いしか感じなかった。

すごいな。ここまで丸パクリなのは。

一見して訴訟レベルだと思う。

同じ「戦国アクション」でコーエーカプコンが法廷で争ったより、更にひどいレベルだと思うよ。

パクった側に問い合わせたら「パクッてない(意訳)」のメールを公開していた方もいたけど、多分メールを送信した人は内心で”パクリだよね”と思ってたと思うよ(笑)。

 

トレスはどうしても証拠が残ってしまうから、一時的にはいいかもしれないけれど、結局は首を絞めてしまう行為だ。

トレスされる側はうまいからされるんであって、する側は決して乗り越えられない。

昔、大学の講義で「レポートを写した奴はわかる。原本が一番できが良くて、末端になるにしたがって劣化していく」というのを聞いた。

そのときは、「ほんまかいな?」と思っていたけれど、今ではわかる。

正しく理解している人のをただ写しているだけで、物事を理解できるわけがない。

今はネット社会だから、パクリのレッテルが貼られてしまったら、結局は自分の信用を失ってしまう。

天才的な才能をもつ人もいるだろうが、たいていは凡人だ。

同じレヴェルの中で切磋琢磨して仕事をもらっている。

もし、取引先の会社にパクリ疑惑があるなら、そこしかないならともかく、だんだんと敬遠されるに違いない。

また、これだけ社会的コンプライアンスに厳しくなっている世の中で、以前はトレスは問題なかったのかもしれないが、もういい加減にしないとやった側はダメになっていく。

コンプライアンスに厳しいところは一時的に立ち止まっても、長期的な目で見ると成長する速度が速いと思うし。

 

ここからは穿った見方だが、絶対丸パクリは確信犯だと思っている。

素人でも一発判断できるレベルなんだから、仮に同じゲームでもまったく異なるジャンルで「知りませんでした」は(辛うじて)通じても、まったく同じジャンルでは誰も信じない。

確信犯的にGOサインを出して、訴訟されても時間があるから、それまでにゲームだけでなくグッツなどで売り上げをあげる。

ゲームはどれもがマリオやドラクエみたいに永続しないから、もう斬り捨て御免の感覚で。

訴訟で敗訴したら「私たちは知らなかった。開発元の問題」「自分たちの意見が組み入れられず残念でした」みたいなコメントをだし、終了。

新手の丸パクリ商法なのかもしれない。

設定の盛り方

先日たまたまラブラブ天使様のドラマCDを聞いていたので、現代版の彼らの肩書がどうなっているのかちょっと調べたらすごいことになっていた。

テーマが「セレブとの恋愛」だから仕方ないのかもしれないけれど、元キャラとは一線を画すようなものもあって驚くよりも笑ってしまった。

あと、年齢的に高校生の場合は「高校生兼〇〇」みたいなキャラのみならず、他のキャラも俳優兼デザイナーとか兼業多すぎて吹いた。

いくらなんでも設定盛りすぎでしょう…。

 

私はラブラブ天使様のゲームはまったく知らなくて(知った時には既に終了コンテンツだった)どのような恋愛模様かわからないのですが、それにしても盛った設定がなにか話を大きく発展させるとは疑問。

アリオスもロックギタリストだけど本当は〇〇で…ってやつだし、でもそれがなにかヒロインとの関係に関わってくるのか謎。

 

ドラマCDでエンジュのデフォ名は言わず「エトワール」「聖天使」呼びにも違和感があったが、ラブラブ天使様の「希望の天使」呼びは聞くたびに失笑するしかなかった。

 

アンジェリークのドラマは初期の頃がいいといわれるが、確かにラブラブ天使様なんて聞くと初期でも「自分にはちょっと…」って思っていたやつもおもしろく感じる。

それくらいのクオリティだった。

強さの秘訣

ただの思い込みなんだけど、常々「エンジュ厨が一番強い」と思っていた。

というのも、エンジュのファンはリモコレよりも少ない。

数をカウントしたわけでもないけれど、おそらく間違いないだろう。

これは、エトワール前にアンジェリークを離脱した人が多いというだけで、単純に分母の数が違うってだけの話。

 

それだけじゃなくて、エンジュを好きだという人は当然だけどエトワールplay済み。

勿論、エトワールのみplayした人もいるだろうが、多くは少なくとも前作トロワを含めた以前の作品をしたことがあるだろう。

ということは、リモージュコレット(デュエットにてロザリア、スイアンでレイチェルなど)を経験した上で「エンジュが一番好き」という結論に至ったのではないだろうか。

リモ厨コレ厨の中にはヒロインが好きすぎて次代ヒロインでplayできなかった層が少なからずいるから、ちゃんとキャラクターを動かした上で「この娘が好き」と結論を出す方が強い。

それゆえに、エンジュ厨の強さを感じるのだと思ったのです。

 

アンジェリークのヒロインはその中では個性があっても、ゲーム上は無個性に近い。

だから、エンジュについてもキャラ造形やゲームの会話、またはCPの組み合わせが気に入って好きになったのだろうが、それはリモージュにしてもコレットにしても同様である。

単に自分に合ったキャラであったということなんだけど、逆にいえば、小さな個性の中でこの娘が最高!ってなったのだから、本当に好きなんだともいえる。

 

あとは、やはり「少ないから団結しよう」という心理も働いていると思う。

エトワールはアンジェリーク最盛期を過ぎて(もしくは発売後に過ぎたと感じた)作品で、ヒロイン交代だけでなく、教官協力者の守護聖化、アリオスとの恋愛という設定の問題や、ゲームバランスの悪さは指摘されている。

(守護聖化賛成もアリオスを落とせることに喜んでいる人もいるので、全面的に駄作ではないだろうが、NGとした人が多かったのも事実。)

私もそうだけど、エトワール前離脱組もかなり多い。

そんな中でも「エトワはエトワで楽しい!」と主張し、仲間を見つけて喜びを分かち合う心理はマイナージャンルならでは。

もうアンジェリーク自体がマイナーだから、そういう気持ちはすごくよく理解できる。

守る男

アリオスはなにかと「お前を守ってやる」という台詞を吐くので、アリオスは常に自分の女を守っているイメージなんだけど、不思議とレヴィアスがエリスを守っているイメージはない。

天レクの合間に出てくる過去でも、むしろエリスがレヴィアスを守っている感じがする。

アリオスを語るにはエリスは決して外せないファクターだから、彼のエリス喪失の後悔が常に自分の女を守る…というスタンスになったのかもしれない。

特に、天レク時は正体を偽っていたわけで、彼らを信頼させるためにも「守る」姿勢は必須だったはず。

しかし、それ以降も「お前を守る」ことを続けていたわけだから、本心ではずっとコレットを守りたかったんだと思っている。

 

どうしても剣士という属性上「守る」イメージはついて回るもので、オスカー、ヴィクトールも同様にある。

アンジェリークは男性上位の恋愛観ゆえに「か弱い少女で守られたい」「か弱い少女を守りたい」となりがち。

そうすると相手はどうしても「守る価値の大きい」女王になる方が納得する。

補佐官でも聖天使でも問題ないとは思うけど、やはりここは女王>補佐官>聖天使のヒエラルキーが存在する。

オスカーが別宇宙に所属する聖天使を守るよりも、自分が傅く女王を守る方が真実味と説得力が増す。

これはオスカーに限らず、ヴィクトールでもアリオスでも一緒。

 

アリオスは女王に傅くために女王の影をやっているわけではないので、惚れた女を守るために日々頑張っているんだと思う。

ただ好きな女を守るよりもずっとずっと重たい。

ここに至るまでの過程をふまえたら、アリオスがコレットとともにいる意味だけでご飯が三杯はいけてしまうのです。

転生は誰のため?

天レクのアリオスEDにて、レイチェルの発言はアリオスの死後、彼が聖獣の宇宙に転生したと示唆している。

他キャラEDでは単なる人類の誕生しか示さないのに対し、アリオスEDのみ「金と緑の瞳を持った男の子」と言及されているので、アリオスの生まれ変わりで間違いない。

少なくともコレットはそう思ったからこそ、泣いているのだから。

 

公式ではこのアリオスの転生を「コレットが女王の慈愛でさせたこと」としている。

 

これはアリオスを含めて16通りのEDがあるわけで、他キャラを選択した場合に「女王の慈愛以外」で転生を赦したのなら、それこそ由々しき問題である。

そこは仕方ないとしても、やはり私はこの転生は「アリオスがコレットの宇宙に生まれ変わりたかった」と捉えたい。

というのも、もしコレットが女王の慈愛で転生させたのなら、私設騎士団のメンバーやエリスも一緒に転生できたはず。

ただ、彼らが他宇宙で既に死亡しているために、それは叶わなかったということも考えられるので、コレットの力が及ばなかった可能性もある。

けれど、本当にアリオスの幸せを願うなら、彼を支えていた人々を一緒に転生させたいと思うだろう。

(まぁ、これはゲームの都合上できなかった、ということなんだろうけれど。)

 

でも、アリオスがコレットと一緒にいたかった、と考えれば、記憶を失ってもコレットの面影は覚えていたわけで(ゲームのみならずOVAでも語られているから、おぼろげながら記憶が残っている設定が当初からあったと予想)それほど強い想いが残っていたと考えるのが妥当だろう。

その強烈な想いはどこから来ているのかと問われれば、やはりアリオスはコレットを愛していた、という結論になってしまう。

 

今の人生では叶わない「ともに生きる」をいつか…という気持ちで、彼は灰燼に帰したのではないか、と思っている。

バチカン奇跡調査官

家にものが多くてなんとかしなくてはと思っていたところ、「全体的にミニマムにしたいけれど、電子書籍ではなく紙媒体がよいという気持ちはわかる。それに本の内容が薄いと思っても、1冊約1500円程度なのでそれほどの損ではない」というような文章を読んでしまい、つい自分に甘い私は古本をぽちり。

好きな本は新刊で速攻手に入れたいけれど、暇つぶしには安価な古本を適当に見繕って買うのが、一番のストレス解消法だったりする。

 

で、今回試に購入してみたのが『バチカン奇跡調査官』のシリーズ。

 

試しだったので、3冊ほど。

基本的に1冊完結なのでどれでもいいらしい。

実はちょっとアニメの方を見てみたらおもしろかったので、原作を読みたくなったのでした。

 

正直な感想は辛口なんですが、ミステリーとしては中途半端な感じでした。

キャラ描写が割と繰り返しあるので、ミステリー<キャラ萌えな作品であると思う。

これは個人差になってしまうが、私は見た中ではキャラにハマらなかったので、ミステリー部分に関心がいってしまうんだけど、残念ながら読了後の爽快感も、結末の意外性もなかった。

犯人だろうと思ったキャラが犯人だし、その動機も想像通りだった。

かといって、本格ミステリーのようなロジックに徹しているわけでもないので、中途半端な感じになってしまったのだろう。

このバチカン奇跡調査官と似たような感覚をおぼえるのは、有栖川有栖の火村英生シリーズなんだけど、あれも一種のキャラ萌えだと思うが、作者が本格ミステリーに凝っているのでミステリー>キャラ萌えになっていると思う。

キャラ萌え作品にありがちなおざなり感はないから惜しいのだけど、ならどうすればいいか、と問われると、もうミステリーの濃度を上げるしかない。

それが一番難しいんだけど。

 

ミステリーといってもそれほどロジックに徹してなくても魅せるタイプの本はたくさんある。

横溝正史江戸川乱歩も本格派としているが、実際それほど凝ってはいない。

でも、伏線の刈り取りとか、キャラクターらしさとか、そういうもので読ませてくれるから、読了感はよかったりする。

京極夏彦は動機を探るのは不要と作中なんども訴えているんだけど、実際読んでみると動機が一番の意外性だったりするんだよね。

そういうなにか一押しがあれば、と思わずにはいられない。

 

ただ、アニメの原作にはちょうどいいかもしれない。

むしろ京極夏彦京極堂シリーズはアニメやドラマには不向きだと思う。(実際、映画はひどかった。アニメはよく頑張っていたけれど、やっぱり原作を読んでいた方が深みを感じる。)

作画もよかったし、テンポよく話が進むから、伏線の刈り取りとか考えずに、話の流れに身を任せて見ているだけでOKみたいな感じで。